世界に無為として書き込まれた存在は、構成要素の離合集散に影響せず、また運行する一や二や六と数えられる世界と、それらを取り結ぶように描かれたすべての関係に参加することがない。

選択はない。断念はない。中間は得られない。自分が半自我もろとも構築された産業機械という事実を理解し、そこからどのような意味の界面に降り立つならば自らの意向による契約が成り立っている余地があるかを検討しなければならない。

個人主義の総決算には、個人だけが環境であるというもっとも尖鋭な環境思想との直面が必要であり、そのためには大量絶滅による生態系の崩壊に本当に直面するところまで行くことが必要だと思われる

強化再生泡による大量絶滅、かなり集大成感がある

輪廻思想もまたそのような性格のものであるから、それは人身にとって跳躍台であり、また宗教思想としては最終的な形態のものであるべきで、問題系の一切への解決能力と等価でなければならないし、苦の哲学的探求などはその前段で終わっていなければならない

決して解消することのない心の違和感をそれを宙吊りにするに足る口の違和感で宙吊りにすることが自分を自由にする唯一の手なので

宗教を趣味にしてる人 宗教に耐えられないことを趣味にしてる人よりも必ず宗教に耐えられない

それは、その人物に関わる非自明で輪廻的な因果連環における今生の人生の影響を抜くことが不可能になったことを確信することおよびその影響と同型であり、功名心とは、その非自明な因果連環を(任意の目的に十全でなくとも)決定的に変容させる手段を手に入れることが因果連環を決定的に変容させることと同義であることを規定するものである。

これを終わらせればささやかな功名心を満足させて自分の人生を定義できると確信して、代替路の喪失とその推論の妥当性がほぼ明白になるまで時を過ごした人間の形はもう元に戻ることがない。

業が化地する世界のアニミズムについて気がくるうほど考えたことのある人は何もかも破綻してもそれをやめないでいられる

自我率、萌えキャラの話をしていると考えると理解が早くて、そういう話をしている

カラパイア好きそう という罵倒がある一定のモードにロックされた差分の強度をもっているように、固有名の間世界的同一性の想定も、それじたいがオブジェクトとみて差し支えない

陶酔した人間の理不尽さは、生者にとっての死者、死にとっての生の理不尽さに非対称性の把握を依存しているがペッグしていないので、本質的な話に踏み込んでいる

血縁共同体よりも四姓の実体性が実感される社会は時代によって程度を違えどもイデアルだったから、輪廻思想が真に社会に馴染んだ時代はないが、その核心、他や外ではなく内の虚無であるところのアウトカーストを見出す可能性は、つねに人の形をして開かれていた

生と死があたかも等価(に不平等)であるかの如く誰もが振る舞わねばならないなら、人間とは全ての虚空を道筋として行く者そのものであり、輪廻を対象化することなどは決して思いもよらない道理なので

ただ、チョーキングを/がもたらすものを徹底して嫌悪することができるのかということが問われてはいる

大量死か経済死の二択をせまられることで、人間が自由であることを維持するために輪廻を宣言するしかないという必然性と必要性が充ちるように思えるが、実際はこれは大量死一択を強要する構図なので残念ながらどちらにも足りない

無明庵を再評価して何の意味があるのか実際よくわからないけど輪廻思想を再創作する必然性と必要性の片方にも至れた人を他に知らない

fucking names LOOSH INSPECS ROTE I/THERE

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